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大阪高等裁判所 昭和30年(ラ)122号 決定 1955年12月13日

抗告人 問屋安太郎

被抗告人 大阪市

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

本件抗告理由は

一、原決定は抗告人が被抗告人の行政処分の執行に依り償う事の出来ない損害を受けるとわ認められないとして抗告人の行政処分の執行停止申立を棄却した、然し其の決定は単に抗告人の意見を聞いて只償う事の出来ない損害を蒙ると認められないという理由のみで何等の根拠を明示していない。

此の際抗告人の言いたい事は現に抗告人経営の中央市場内に於ける各店舗の場所的関係は其の業績利潤に重大なる関係がある計りでなく其の得意先に対する便宜並に業者としての執着心からも非常な利害関係を伴う事は常に吾々の実験する処である。或は仮りに抗告人が被抗告人から突如営業停止を命ぜられても被抗告人は自己の自由な裁量によつて自己の欲する場所を抗告人に貸与する事が出来るから別に処分行為によつて被害はなかろうという一方的な主観論は前記の理由からして速急に肯定し難いのである斯かる意味に於て原決定はあまりに粗略であり審理不尽の嫌がある。

一、抑も被抗告人に対する行政処分の執行停止を望む理由は。

(い)  抗告人は大阪市長の許可により昭和六年から大阪市中央市場の卸売仲買人として中央市場内の(ホ)棟三十二号店舗に於て水産物売買の業務に従事し相当の業績を挙げていたのであるが偶々経済界の変動あり昭和二十五年十月十五日抗告人は売掛代金の回収不能に追い込まれ資金枯渇の為店員末吉良雄に金策を講ずる事を指令し急境を打解せんと試みたのである。時恰も抗告人は病床にあり高熱連続起居不如意に陥り不得己末吉に印鑑を交付し借款契約の際に使用する便宜を与えた、但し店舗譲渡の如き行為は市場条例の禁ずる処であるから絶対に為さぬ様呉々も念を押したのであつた。

処が昭和二十五年十一月始め末吉良雄は借款に成功した、債務は弁済したと抗告人に報告して一通の公正証書を抗告人に手渡した、抗告人は之を単なる借用証書位に考えていたが之を披見した処該証書は抗告人が夢にも予期せなかつた訴外松田盛蔵に対する本件店舗の譲渡書であつた。於茲哉抗告人は即座に訴外末吉に右譲渡書を突き返したが其後該証書は末吉から訴外松田に返還せられたとの報告を末吉より受けたが松田は抗告人に右証書を紛失したと申したが兎に角抗告人は訴外松田に会う度毎に其の無効を主張したのである。

叙上の経路にも係らず訴外松田は今日右証書を基礎に本件店舗の明渡を要求して止まず、之れが抗告人と訴外松田盛蔵との事件の概要である。

(ろ)  元来中央市場内の店舗は中央卸売市場業務規定により其の譲渡を禁ぜられをるので抗告人は絶対に自己の店舗を譲渡する事はあり得ない、仮りに譲渡したとしても其後は無効である故に抗告人が訴外松田に店舗を譲渡したと云う如き言い係りは何か其処に裏面的消息が伏在してをるのではないかとさへ疑われる節がある。宜なる哉其後末吉は前非を悔い訴外松田と共謀し本件店舗乗取を画策したと云う顛末書を抗告人に提出し現に抗告人は之を保有してをる(本裁判に提出致すべく準備してをる)訴外松田盛蔵は前段の如き策謀に基き不実の公正証書に則り暴力を以て抗告人を追い出さんとし遂に抗告人の営業継続を不能ならしめたものである。

(は)  茲に於て抗告人は不得己弁護士清水嘉市に依頼して円満なる解決を希望したが結局水泡に帰した。

(に)  抗告人は昭和二十九年末被抗告人によつて抗告人の営業停止の行政処分に依つて商業を営む事が出来なくなつたが若し被抗告人にして抗告人対訴外松田盛蔵間の偽造証書による譲渡行為を両者が争う場合は一応理事者として該文書が真正に成立したか否かを検討し大阪市民の納得する様な処置に出でなければならぬ。之れが新憲法下に於ける公吏の常道である。反之只徒らに形式的な資料に基き世評を基礎とした一方的封建的戦前派的に本件処分行為に出たのは時代錯誤の甚しきもので憲法第十五条の公務員としての国民全般に対する奉仕精神の欠缺であると非難されても致し方はあるまい。

(ほ)  尚お被抗告人は抗告人が月余にわたり営業を中止したという理由を挙げているが訴外松田盛蔵が抗告人の本件店舗を暴力団に占拠せられ営業不能に陥らしめた事は市場管理人たる被抗告人の十二分に知悉する処である極言すれば被抗告人は市場全体に関する管理権の保持者であるから当然其の賃貸人の義務履行の上から賃借人の権利擁護の立場に於て訴外松田側の暴力を排除すべき責務ありと言わねばならぬ、にも係わらず漫然傍観的姿勢に終始したのみで何等積極的の措置に出でなかつた事は到底抗告人の承服し得ない処である。

(へ)  万一原決定の如く被抗告人の抗弁を容認すとせば抗告人の現店舗は第三者に貸与せられ随つて抗告人が昭和六年以来営々として築き上げた人的物的の蓄積資本は反古同様のものとなり抗告人は再び現店舗に於て斯業を継続する事を得ない計りでなく其の損害たるや莫大なものである。

(と)  以上の様な理由により何卒公正なる御裁判ある迄抗告人の申立を認容せらるる様切望する次第である。

と云うにある。

しかしながら、大阪市長中井光次が抗告人に対し大阪市中央卸売市場における仲買人の業務の停止を命じた処分が執行されたとしても、抗告人の本案訴訟の勝訴確定判決あるときは、抗告人の右仲買人としての地位は当然旧に復し、従前市長により指定せられた営業場所において業務に従事することとなり、たといその間右業務停止処分により抗告人が損害を蒙ることがあるとしても、その損害は結局金銭で償うことの出来るものと認められるので、右停止処分の執行停止の申立はいわゆる「処分の執行に因り生ずべき償うことのできない損害を避けるため」との執行停止の要件を具備しないものといわねばならないから、これを棄却した原決定は相当であり、本件抗告は理由がなく、主文のとおり決定する。

(裁判官 林平八郎 竹中義郎 入江菊之助)

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